新・三銃士1を見た感想

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2009年から2010年にかけ放送されたnhkの連続人形活劇『新・三銃士』といえば、当時見ていたという人もいるのではないだろうか。人形特有の動きで独特の雰囲気を醸し出し、現代と中世フランスを繋ぐ、魅力のある作品だ。三谷幸喜が監督を務め、現在でもAmazonなどで購入可能である。

今回はその第1話から第5話までが収録された、DVD新三銃士1の感想を述べようと思う。結論から言うと、原作に忠実な物語の展開を期待している人には不向きである。それは、枢機卿側がはじめから完全な悪役になっているからだ。教育テレビで放送された子供向けの番組なので、登場人物を悪と正義にわかりやすく分けておこうという魂胆なのだろう。なので私がこの作品をおすすめしたいのは、原作は知らないけど大体話を知っておきたいという人、人形劇を楽しみたい人、ウルトラマンプリキュアのように、敵と味方がはっきりと分けられた分かりやすい話のほうが好みだという人である。

私が一番残念だと感じたのは、先に言ったように枢機卿がダルタニアンの意思に関係なく、必然的に敵として描かれていることである。例えば原作では生きてダルタニアンの出発を見送った父が、人形劇では王妃からの招集に応えようとしたためロシュフォールに殺されるというていになっている。また原作では、三銃士が親衛隊と戦うことになり、ダルタニアンは王側と枢機卿側どちらか一方につき、それを押し通さなければならないというときにはじめて、それまで枢機卿と王両方に従順であれと父から指示されていた彼が自分の意思で王側につくことを決心したのである。このことから、父の仇をとることが王側につく動機になっている人形劇とは、全くその動機にたどり着くまでの過程が異なっているのが分かるだろう。

しかし私が見たのは序盤の序盤であり、これから本編に進むにつれ、話は原作にもっと忠実になっているかもしれない。それを期待している。

怒り

令和3年2月17日水曜日の19時半頃、私にとって許せない事件が起こった。

それは兄が「女性の方が実際に能力は低いんじゃない?」

「現在のAmazonなどの企業でトップに男性が多いのは、男性の方が能力が高いから」と発言したことに対してだ。

繰り返しになるが、この時代は、女性はある男性と等しい能力があってもその男性より社会参画しにくい。日本なんか特にそうだ。詳しくは森会長の発言に言及した、私の一番初めのブログを参考にしてほしい。

また、英語の教科書で読んだことだが、ここ最近はそういった社会における女性枠が小さいことで、会社に入る際女性の方が学歴が高い傾向にある。これは調べれば出てくるだろう。

私が主張したいのは、今よりも男尊女卑が根強く存在していた昔に、就任した社長の性が男性であったり、また有名な企業のトップに今就任したのが男性であることを、直接「女性は男性より能力が低い」という考えに結びつけるのを防ぎたいということだ。

それは、そもそも女性枠が小さいという不平等さによるものだとは言えないだろうか。

 

整形は許されるべきかどうか

私の答えはYesだ。ただ、するかどうかを決めるのは本人であり、許されるべきかどうかという言い方は正しくないような気もするが。

あまりYesといいたくない事例は、例えば、整形を繰り返して、結果元の顔と全く違くなったとか。本人が幸せならいい理論と、親のことを考えろ理論があるだろう。

私自身、二か所の整形をしてみたいなと興味を持っている。

一か所は目、もう一か所は口元である。

まず目であるが、生まれ持った目は奥二重。ぱっちりとした奥二重だったらウェルカムなのだが、私は年を経るにつれ眼瞼下垂になってしまったようである。

この眼瞼下垂は、上の視界に常に皮膚がある、眠い、あげくは何事も頑張れないまでの災害を起こすはめになっている。

つまり、筋肉を失ったまぶたがたれさがって奥二重は跡形もなくまぶたの裏へと消え去り、三白眼がデフォルメなのである。

この目つきが人を怖がらせたり、メンチを切っているように思われたくないために、普段は無意識に目をすこーし見開く習慣がついている。疲れもたまる。

次に口元であるが、こちらは食生活のせいか遺伝のためか、顎が無くまぶたと同様筋力を欠いた舌が前歯を前進させ、自然には口が閉じられない。横顔も正直醜いほうだ。

別に自分の顔を嫌いと言い張るつもりではない。自分の目は好きな方であるし、日本人は顎がない芸能人も多いような気がするし。

だけど…つねに目を見開くせいで疲れること。写真映りがわるいこと。気を抜けば睨んでると思われるかもしれないこと。

気が付けば口呼吸になってしまうこと。横顔のアングルは写真を撮られるときあまりに醜かったらどうしようと怖いこと。

なにを問題とするか、なにを変えたいか、それはその人が決めることだ。

整形しようとしている人の周りがすべきことは、整形依存なのか依存でないのかを調べること。あるいはこれからなってしまわないか、様子を見ることだと思う。

まわりが必要ないと思っていることが、本人にとって一番重要な問題かもしれない。

女に生まれるということ

女に生まれるということ。

生理周期の4ステップのうち、3ステップが不調であること。

身体の発達により性の対象になるということ。

男性より管理職に就きにくいということ。

日本では就職面接で子供を産む予定があるかと尋ねられる社があるらしいこと。

性のターゲットになることから逃れるために、好きな服を着るのをためらうときがあること。

妊娠の痛みを味わうということ。

セックスでは痛い側ということ。

女に生まれるということ。

多種多様なファッションを楽しめるということ。

華やかなメイクで顔のキャンパスを彩るということ。

女に生まれるということ。

日本では痴漢のうちほとんどの被害者になるということ。

韓国では公衆トイレや学校のトイレに設置された隠しカメラの犠牲者になること。

性自覚の前に、女子学生たちが単に寒さやコンプレックス、性の対象にされないためにズボンを履くことが承認されていないこと。

https://youtu.be/xANVs6D7FLU

It's my fault, It's my fault...

 

女に生まれるということ

 

森会長の発言から考える、日本に根付く通念「男尊女卑」

 1. 森会長の発言への印象

先日の森会長の発言は、世界から批判を受けた。アメリカ・フランスでも報道がなされた。

女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる

正直、私は会長がなぜこの発言をしたのか、想像できるように感じた。

私は以前「女性は結論から話さず、最初から順に話す」という記事をどこかで見かけた。私の性は女性であるが、言われてみればそうかもしれない、と思う。

これに女性全員が当てはまることはnever happenであり、典型的な女性像を作っているひとつの説かもしれない。

しかし、これら一般女性のイメージが世間にあるとして、議会に入るエリート女性のイメージに結び付けるのは早急である。

そもそも議会に入る人は、女性であれ男性であれ「適切な話し方」をわきまえるのが前提であろう。

話が長くならないように、要点を絞って話すことに性差は関係ない。

 

2.世界から見て気づく日本の「異常さ」

 日本は世界から見て、男女差が非常に激しい国だ。

世界経済フォーラムグローバル・ジェンダー・ギャップ(世界男女格差)レポート2020で、日本のジェンダーパリティの指数は153か国中121位となっています(中略) 現時点での順位を元にすると、日本のジェンダー・ギャップは先進国最大です。

拡大する日本の男女格差を埋めるには | 世界経済フォーラム

さらに記事は、日本は女性の政治参画における格差が、世界で最低10か国内に入っているという事実を後述している。

日本のトップ、そこに集うのは男性ばかり。

なぜ、男女格差において、ここまで日本が落ちぶれているのだろう。

 

3.日本における「男尊女卑」という観念

そこに先日、痴漢加害者の心理を追った記事で読んだ「男尊女卑」という言葉が頭に浮かんだ。

 

(斎藤)そういった考え方の根底には、実は日本社会に根強く残る「男は女より上である」という男尊女卑の価値観が大きく影響しているのです。 

               (中略)

(阿部)「男性は内面の問題が性のシーンで表出しやすい」と著書にありましたが、痴漢行為はなぜ男性の支配欲を満たすのでしょうか。

(斎藤)「性を介して女性を支配する」ことが、男性の支配欲求や征服欲を満たすための一種の行動である、という社会の価値観が加害者の心理に影響していると考えられています。

痴漢や強姦の場合は明らかに性暴力ですが、「男性が性を使うことで女性を支配する」「女性は男性の性欲を受け入れて当然である」という考え方は、性犯罪者に限らず多くの男性にとって昔から根強く残っている普遍的な思考であると私は考えています。斉藤章佳,「男が痴漢になる理由」なぜ女性も知っておくべきなのか。満員電車でくり返される性暴力 | ハフポスト

なぜ痴漢をやめられないのか。性暴力の本質は、“性欲”ではない。 | ハフポスト (huffingtonpost.jp)

 

ここでは3段落目の「男性が性を使うことで女性を支配する」に着目したい。社会に存在するこのcommon ideaは、森会長の発言とつながるであろう。性暴力うちだけの話ではなく、社会全体がその考えを無意識に共有しているのではないかと私は疑う。

だから、テレビでインタビューされて森会長を批判するひとたちも、実はこういう通念を持っているのではないかと考えるのだ。同じ日本に暮らしてきて、その過程で日本の男尊女卑の思想がインプットされているのに、なぜ一般人全員が森会長とは違う思想を持っていると言い切れるのだろう?

教科書で、私たちは小学生のころからすでに男女格差是正の歴史をたどった。

しかし、この現状はあまりにも教科書が描く「理想の姿」とは乖離している。

だからこそ、この世代も、次の世代も実際に女性が社会参画するという感覚が得られない。

 

4.あなたはどうですか?

最後に、「男尊女卑」という観念が一般人にも根強く埋め込まれていることを、もう一度強調しておきたい。

 

女性が指導的地位に立つことへの否定的な見方が文化的に根付いているのも、経済面での向上が平等にならない理由のひとつとなっています。カンターとウーマン・ポリティカル・リーダーズ(WPL)の2018年の研究によると、大企業のトップが女性であることに好意的な人の割合は米国では63%であったのに対し、日本ではわずか24%でした。拡大する日本の男女格差を埋めるには | 世界経済フォーラム

あなたは、企業のトップが女性であることに好意的ですか?または好意的ではないですか?

なぜ、そう思ったと考えますか?